• 舞緒ルイ

世界へ届け~ヴァチカンからの祈り!

最終更新: 4月16日

外出禁止令も2ヶ月目に入っているここイタリアでは、皮肉なことにお散歩日和のポカポカ陽気が続いています。

普段ならイースターの連休だったこの週末も、家の中に毎日いると季節感を感じられず、テレビやネットニュースで世界の状況をチェックする日々。。。


ところで、本来のイタリアの復活祭ってどんな感じなの?と思われた方は、3年前にブログ記事を書いているのでコチラ(☜クリック)をご参照くださいませ。


そんな訳で、今日は復活祭にちなんで、ヴァチカンの〔ローマ教皇〕にスポットをあててみたいと思います。


イタリアの首都ローマ市内には、〔ヴァチカン市国〕という世界最小の独立国があり、ここが“カトリックの総本山”として世界中のカトリック信者の巡礼地ともなっています。

そのヴァチカン市国の国家元首でもあり、全世界のカトリック教徒の精神的指導者がローマ教皇なのです。


現在のローマ教皇は第266代で、7年前に就任したアルゼンチン出身のフランシスコ教皇(83歳)、イタリアでは〔パパ・フランチェスコ〕として、そのお人柄からも国民にとても愛されています。ちなみに、イタリア語では教皇のことをPapa(パパ)といい、英語のPope(ポープ)もこのラテン語が語源となっています。

※父親を意味するイタリア語はPadre(パードレ)ですが、一般的に父親のことを呼ぶ時の呼称Papà(パパァ)は後ろにアクセントがあるので区別できます!


このフランシスコ教皇は、昨年11月に来日したばかりで、被爆地の広島や長崎を訪問して“核兵器の廃絶”を訴えたことは、皆さんの記憶にも新しいと思います。


そんなフランシスコ教皇は、いま世界中で多くの犠牲者を出しているパンデミック“新型コロナウィルス”に対し、大変に心を痛め、毎日のように神に祈りを捧げて下さっています。

もちろん、それが教皇様の使命ですし、日頃でもお祈りは毎日のお務めなのですが、イタリア全土で移動制限が出されてからは、祈りの儀式や教皇によるミサの様子は、教皇庁の広報事務局がライブ・ストリーミングで世界中に発信し、先週の復活祭までの聖週間の様子は、イタリアのテレビなどでもライブで放映されていました。


【サン・ピエトロ大聖堂にて一部の関係者のみで行われた復活祭のミサ】


私はカトリック信者でもキリスト教徒でもありませんが、神様の存在は信じています。昔から旅先でその町の教会を訪れた際には、必ずロウソクを灯して旅の安全と家族の健康と幸せを祈ってきました。


そして、イタリアに来てからは、ウェディングプランナーとして教会での結婚式に携わったり、イタリア人の家族を持つようになってからは、親類の洗礼・堅信式に出席したり、葬儀に参列する機会もあり、キリスト教がより身近になったことは言うまでもありません。


そんな私が、今おかれている状況の中で、より身近に感じるようになったローマ教皇の一連の行動や言葉に、深く心を打たれることが何度もありました。

それをこのブログを読んで下さる日本の皆さんにもお伝えしたくて、今日はこのテーマを選びました。


まずは、パンデミック宣言が出されて間もなくの3月15日、教皇はローマ市内の2つの教会を訪れて、パンデミックの収束のために祈りを捧げられました。

一つはサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂で、ここに保管される古い聖母子画『サルス・ポプリ・ロマーニ(ローマ人の救い)』に献花して祈られました。この聖母子画は教皇がとても崇敬されているもので、これまでも様々な機会にここを訪れては祈られているそうです。

続いて、教皇はローマ中心街を貫くコルソ通りの一部を歩かれ、聖マルチェロ教会に向かわれました(日頃は人混みで溢れているショッピング通りなのに、ガランとした道を護衛に付き添われ歩く姿が当日のニュースで報じられました)。

この教会には、1400年代の作である木彫のイエスの磔刑像があり、1519年に同教会をほぼ全焼させた火災の中で奇跡的に焼け残り、1522年にペストがローマを襲った際、感染の鎮静を祈る宗教行列で掲げられたそうです。当局からの禁止にも関わらず、民衆によって始められたこの宗教行列は16日間にもおよび、この十字架を掲げた行列がローマ市内を練り歩く中、ペストは次第に下火になっていったと伝えられています。ローマを“大ペスト”から救ったというこの『奇跡の十字架』を見上げ、教皇は祈りを捧げられました。


この2つの教会への訪問を通して、教皇はイタリアをはじめ世界で拡大する新型コロナウイルス感染症の収束と患者たちの回復、また亡くなった方々の冥福と親しい人々への慰めを祈られました。教皇の祈りは、仕事を通して社会のために奉仕する医療従事者らにも向けられたそうです。


続いて3月27日の夕方、通常はクリスマスとイースターのみに全世界に向けて行なわれる特別な祈り『ウルビ・エト・オルビ』(ラテン語で『都市と世界へ』の意味)をとり行なわれました。この祈りは、世界中に脅威を与えているパンデミックの収束を神に祈り求めると共に、神における信仰によって人々を励ますために実行されたそうです。

この日の夕方、ローマは冷たい雨に見舞われていました。教皇はご自身が風邪気味だったにもかかわらず、傘もささずに無人のサン・ピエトロ広場のスロープを大聖堂に向けて上られました。そして、普段なら何万人もの信者で埋め尽くされるサン・ピエトロ広場で、たった一人きりでミサを行われたお姿が印象的でした。


その祈りの一部“イエスが突風を静めるエピソード”を抜粋してご紹介します:

嵐の中で舟が水浸しになり、おぼれそうだと訴える弟子たちにイエスが向けた言葉「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。」~嵐のさなかに語りかける主の声、連帯の精神と希望を持ち、すべてが挫折に見えるこの時にこそ意味を見出すよう呼びかけるその声に、耳を傾けるよう教皇は招かれます~「今夜、私は、民の救いであり、嵐の海の星である聖母の取り次ぎをもって、すべての皆様を主に託したいと思います。ローマと世界を抱きしめるこの広場から、慰めの抱擁としての神の祝福が皆様の上に降りますように。」「主よ、世界を祝福し、体に健康を、心に慰めを与えてください。私たちに恐れぬよう命じてください。しかし、私たちの信仰は弱く、私たちは慄いています。それでも、主よ、私たちを吹き荒れる嵐の中に見捨てないでください。」


そして、教皇は大聖堂正面の左右に掲げられた、古い聖母子画『サルス・ポプリ・ロマーニ』と、キリストの磔刑像『奇跡の十字架』(両者とも前述の教会よりヴァチカンに一時的に移管されているもの)を前に、長い沈黙の祈りを捧げられました。最後に、教皇は大聖堂のアトリウムで聖体降福式をとり行われ、聖体礼拝と祈りに続いて、聖体顕示台を掲げて、ローマと世界に向けた教皇祝福『ウルビ・エト・オルビ』をおくられました。


【無人の広場で一人でミサを捧げて祈られるローマ教皇】


この様子をダイジェストで1分強にまとめたヴァチカン・ニュース作成の動画がとても心に響くものに仕上がっているので、こちらに共有したいと思います。



4月10日の聖金曜日(復活祭直前の金曜日を指し、イエス・キリストの受難と十字架上の死を記念する日)に、サン・ピエトロ大聖堂の司教座の祭壇で行われた『主の受難の儀式』は、他の聖週間中の儀式と同様に、新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、教皇とわずかな関係者のみで行われました。

この儀式では、教皇が床に伏しての祈り、『ヨハネ福音書』のイエスの受難と死の場面の朗読、十字架の崇敬などが行われましたが、祭壇前には、やはり『奇跡の十字架』が立てられました。


カンタラメッサ神父(教皇付説教師)によって行われた説教の中で、「新型コロナウイルスの感染拡大は、自分たちは全能であるという幻想から突然に私たちの目を覚まさせ、これほど小さいウイルスが、人間は不死身でなく、軍事力もテクノロジーも私たちを救うには十分でないことを教えている。」と語られました。

そして、このパンデミックを“神の懲罰”のように見る声に対し、カンタラメッサ神父は、「神は私たちの味方であり、神のご計画は平和の計画であって、災いの計画ではない。」と強調しました。


イエスが処刑される際「自分は三日後に復活する」と告げたように、「私たちもこの時を乗り越えて復活し、家から出られる日が来るだろう。」と述べたカンタラメッサ神父は、「それは元の生活に戻るためではなく、イエスのように兄弟愛に満ち、より人間的でキリスト教的な新しい生き方を得るためである。」と説かれました。

さらに、「神が、患者に回復を、医療関係者に力を、家族に慰めを、亡くなった方に救いをもたらしてくださりますように・・・」との祈りが捧げられました。


こちらの儀式の様子も、ダイジェストで1分ほどにまとめた動画がありました。

おそらく日本ではなかなか放映されることのない、ローマ教皇が床に伏して祈られるお姿など貴重だと思います。司教座の祭壇も、普段は観光客が立ち入れない領域なので、ぜひご覧ください。



同じ聖金曜日の夜、ローマ教皇はヴァチカンのサン・ピエトロ広場で『十字架の道行』をとり行われました。これは、イエスが死刑宣告を受けてから、十字架上で息を引き取り、墓に葬られるまでを、14の場面(留)に分け、それぞれの留で黙想し、祈りながら行なう信心業です。

恒例として、ローマ市内のコロッセオを会場としてきましたが、今年は新型コロナウィルス感染拡大防止のため、無人の広場でとり行われました。


この道行には、刑務所付司祭をはじめ、元受刑者、刑務官、ボランティアの刑務所関係者、そして新型コロナウイルスの治療にあたるローマの医師や看護師らが参加し、十字架を掲げました。

沈黙と闇に覆われた広場で、ろうそくの火が十字架の歩む道を照らす中、参加者らは、十字架を掲げ、一留ごとにイエスの受難の場面と、それぞれの十字架を背負いながら神の救いと癒し、そして希望を求める人々の思いを重ねつつ、広場のオベリスクを一周してから、大聖堂前へと向かいました。最後の留において、大聖堂前で十字架を受け取られた教皇は、祈りを締めくくると共に、祝福をおくられました。


【聖金曜日にサン・ピエトロ広場で行われた十字架の道行】

4月5日の『棕櫚(しゅろ)の主日』に始まった聖週間の締め括りは、12日(日)の『復活の主日』=復活祭となります。

前夜、『復活の聖なる徹夜祭』をとり行われた教皇は、この朝、復活の主日のミサを司式され、『復活祭のメッセージ』と、ローマと全世界に向けた教皇祝福『ウルビ・エト・オルビ』をおくられました。


メッセージでは、「この復活祭は、多くの人々にとって、喪に服すと共に肉体的苦痛から経済問題に至るまでパンデミックが引き起こした様々な災難に見舞われた“孤独な復活祭”となりました。」と始め、「時には自身の健康までも犠牲にし、あらゆる場所で力の続く限り隣人へのいたわりと愛を証している医師や看護師たちに、力と希望をお与えください。また市民の共存に必要不可欠なサービスを保証するために絶えず働く人々、また多くの国々で市民の困難と苦しみを和らげるために貢献する警察や軍の人々に、私たちの親愛と感謝を込めた思いを向けます。」と称賛しました。


そして、「ここ数週間、たくさんの人々の生活が突然変わりました。多くの人にとって、家に留まることは、思索し生活のあわただしいリズムから抜け出し、親しい人々と共にいる時を味わうための機会となりました。しかし、一方で、多くの人々には、仕事を失うリスクや、この危機の影響がもたらす未来の不確かさに不安を感じる時にもなりました。」と続け、「人々の尊厳ある生活に必要な手段を供給し、この状況が改善した際の日常生活の再開に配慮し、市民の共通善の推進のために熱心に働く政治責任者たちを励ましたいと思います。」と述べました。


続いて、「今は無関心でいる時ではありません。」と、貧しい人々、社会の辺境に生きる人々、難民やホームレスの人々に(社会で多くの活動が停止している中)、生活のための必需物資や、薬・医療支援などが欠けることがないように祈りました。


さらに、「今は利己主義でいる時ではありません。」と、欧州連合(EU)が崩壊する危険性があると警告し、貧しい国々への債務救済を求めました。


加えて、「今は分裂している時ではありません。」と、世界各地の紛争を即時停戦し、無差別なテロ攻撃がなくなるよう促し、武器の製造と取引に使われる膨大な資本は、人々の治療と救命のために使われるべきだと述べました。


また、「今は忘れている時ではありません。」と、現在のパンデミックの危機が、多くの人々を苦しめている他の様々な緊急事態(難民問題、人道危機、旱魃、飢餓など)を忘れさせることがないよう警鐘をならしました。


最後に、「無関心、利己主義、分裂、忘却、これらは、この時期、実に耳にしたくない言葉です。これらの言葉をすべての時代から締め出したいと思います!」と加えてまとめられました。


「こんな素晴らしいローマ教皇がいる限り、大丈夫、きっとすべてうまくいく!」と神の存在を信じずにはいられない聖週間でした。



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